100マイル完走に向けて何をすべきか?

トレイルランニングの100マイル(160km)の距離は、単なるマラソンの延長線上や50kmのトレランとは別ものです。それは、身体能力、エネルギーマネジメント、そしてトラブル解決能力を総動員して挑む壮大なゲームみないなものです。

完走率が5割前後にとどまる理由は、フィジカルの強さだけではカバーしきれない不確定要素が多すぎるからです。

本記事では、100マイルを完走するために必要なトレーニング指標、身体操作、そして戦略的な補給術について、その「理由(根拠)」とともに深く考察します。


1. トレーニングの指標:距離と獲得標高の深掘り

多くのランナーが「月間走行距離」という数字に一喜一憂しますが、100マイルにおいては「距離」そのものよりも、その「質」と「生理学的変化」に注目すべきです。

月間走行距離:250km〜350kmの意義

初完走を目指すのであれば、レースの3ヶ月前からこのボリュームを維持するとよいです。これには明確な二つの生理学的理由があります。

  1. 毛細血管の発達(血管新生)
    • 長時間の低強度運動(最大心拍数の60〜70%程度)を継続すると、筋肉内の酸素需要が高まり、既存の血管から枝分かれするように新しい毛細血管が形成されます。毛細血管が密度濃く張り巡らされることで、筋細胞への酸素供給効率が劇的に向上します。
    • 最大心拍数の60〜70%程度というのは、例えば最大心拍数が200の人は200×0.6=120となります。ぜんぜん苦しくないレベルですよね。
  2. 脂質代謝(低燃費化)へのシフト
    • 人間の体内(筋肉と肝臓)に蓄えられている糖質(グリコーゲン)は、わずか2,000kcal程度です。100マイルで消費されるカロリーは、単純計算で 70kcal/km を消費するすると、70kcal/km × 160km = 11,200kcal。
      10,000kcal以上のエネルギーを賄うには、体内に豊富にある「脂肪」を燃焼させる必要があります。毛細血管の発達は、脂肪燃焼に不可欠な酸素を大量に取り込むことを可能にし、糖の浪費を抑える「低燃費な体」を作ります。

このため、ゼーゼーと息を切らすインターバル走よりも、鼻呼吸で会話ができる程度の「Eペース(イージーペース)」でのロングランが、100マイルの土台となります。

月間獲得標高:10,000m〜15,000mと下りの耐性

100マイルレースの総獲得標高は、多くの場合6,000mから10,000mに及びます。トレーニングでは、本番の1.5倍から2倍程度の累積標高を月間で稼いでおくことが理想です。

  1. 「下り」で終わるレース
    • 100マイルでリタイアするランナーの多くは、登りがきつくて辞めるのではなく、下りの衝撃で大腿四頭筋が破壊され、膝がロックして歩行不能になることで辞めていきます。
  2. エキセントリック収縮への適応
    • 下り坂を走る際、筋肉は引き伸ばされながら力を発揮する「エキセントリック(伸張性)収縮」を行います。これは平地のランニングに比べて筋繊維へのダメージが極めて大きく、慣れていない筋肉はすぐに炎症を起こします。
    • 月間10,000m以上の標高を稼ぐ練習は、筋肉を物理的に強くし、この筋破壊を最小限に抑えるための作業です。

最低ラインとしては、月間7,000m程度は確保したいところです。
もし近所に山がない場合は、20階建て以上のビルでの階段トレーニングや、傾斜をつけたトレッドミルでの歩き込みで代替する必要がありますが、不整地での着地衝撃はトレイルでしか補えません。


2. 筋トレ:後半の崩れを防ぐ「動ける土台」作り

100マイルの後半、100kmを超えたあたりから「脚が上がらなくなる」「腰が落ちる」のは筋力の限界です。これを防ぐための補強運動は、走る練習と同じくらい重要です。

スプリットスクワット:左右の安定性と下り耐性

トレイルは常に不安定です。スプリットスクワット(足を前後に開いた状態でのスクワット)は、片足にかかる荷重をコントロールする能力を養います。

  • 効果: 大腿四頭筋と臀筋を鍛え、下りでの着地衝撃を吸収する力を高めます。また、一歩ごとの安定性が増すため、捻挫の予防にも直結します。

プランクと背筋:ザックの荷重への対抗

100マイルでは、水や食料、必携品を含め5kg前後のザックを背負います。

  • 理由: 体幹が弱いと、疲労と共に姿勢が崩れ、骨盤が後傾します。これにより着地衝撃が直接腰や膝に響くようになり、痛みの原因となります。また、胸郭(胸のあたり)が狭まると呼吸が浅くなり、酸素摂取効率が低下します。

カーフレイズ:登りの持続力

長時間の登りでは、ふくらはぎ(下腿三頭筋)を酷使します。

  • 理由: 筋トレでふくらはぎの出力を底上げしておけば、一歩あたりの負荷を自分の最大筋力の「余力」の範囲内で処理できるようになります。これが後半まで脚を残すための秘訣です。

3. 戦略的な補給:200〜300kcalの数式と水分管理

「食べられなくなったら終わり」と言われるのが100マイルです。
しかし、ただ闇雲に食べれば良いわけではありません。

1時間200〜300kcalの根拠

1時間あたり8kmで巡航すれば、消費エネルギーは優に400~600kcalを超えます。しかし、補給の目安は200〜300kcalに設定します。

  1. 吸収の限界点:
    • 人間の小腸が運動中に1時間で吸収できる糖質の量は概ね60g(約240kcal)程度とされています。これ以上のカロリーを摂取しても、吸収されずに胃の中に滞留し、胃もたれや嘔吐を引き起こす原因となります。
  2. 体脂肪の活用
    • 足りないカロリーは、トレーニングで鍛えた「脂質代謝」によって自身の体脂肪から補うのが100マイルの正しいエネルギーマネジメントです。
    • 人間の身体につく脂肪は1gあたり7kcalのエネルギーを持っています。
      つまり、体重60kg、体脂肪率15%の人であれば、
      60kg × 15% = 9kg が脂肪ということです。
      このうち2kg=2000gを消費するだけでも、 2,000g × 7kcal/g = 14,000kcal になり、脂肪だけで100mileの消費エネルギーを確保できます。

水分補給:具体的な消費量と「ちびちび飲み」

脱水はパフォーマンスを低下させるだけでなく、内臓への血流を減少させ、胃腸トラブルの引き金になります。

  1. 消費量の計算
    • 一般的な目安は「体重(kg) × 走行時間(h) × 5ml」です。体重60kgの人なら、1時間に300mlが最低限必要です。気温が高い場合はこれに200〜300mlを上乗せします。
  2. 飲み方
    • 一度に500mlを飲み干すと、胃が揺れて不快感が出ます。
      15分おきに100ml程度を「口に含んでからゆっくり飲む」ことを徹底してください。

4. 胃腸トラブル回避:内臓の温度と質のマネジメント

完走を阻む最大の要因は「胃腸」です。ここをコントロールするために、以下の対策を講じます。

なぜ人工甘味料を避けるべきか

市販のスポーツ飲料や安価なジェルには、スクラロースやアスパルテームなどの人工甘味料が含まれていることが多いです。

これらの成分は小腸で吸収されにくく、大腸に届くと浸透圧の影響で腸管内に水を引き込んでしまいます。これが、走っている最中の急な腹痛や下痢、ガス溜まりによる不快感の原因になります。

100マイルのような極限状態では、消化管は極めて過敏になっているため、できる限り天然由来の糖質やマルトデキストリンを主成分としたものを選んでください。

内臓の温度管理とお湯の活用

  • 冷水の害
    • エイドで提供される冷たすぎる水は、胃の血管を収縮させ、蠕動運動(ぜんどううんどう)を停滞させます。
  • お湯の効果
    • 夜間や標高の高い場所、あるいは胃が重く感じ始めた時は、エイドで「お湯」を求めてください。お湯を飲むことで内臓が温まり、副交感神経が刺激されて消化機能が回復します。日本人の胃腸には、白湯や温かいお茶が最も優しいリカバリー剤になります。

5. 夜間走行(ナイトラン):脳のストレスを削る

100マイルでは、必ずといっていいほど「夜」を越える作業が発生します。
Mt.Fuji 100 では夕方の17時にスタートし、長い人で2回夜を越えなければなりません。

  • 視覚情報のストレス
    • ヘッドライトの光だけでは遠近感が失われ、脳は平衡感覚を保とうとして過度に疲労します。
  • 魔の時間帯
    • 深夜2時から4時は、体内時計の影響で体温が最も下がり、睡魔と寒さが同時に襲ってきます。
  • 対策
    • トレーニング段階で、深夜から明け方にかけて山を走る経験を積んでおきましょう。暗闇での足さばきに慣れることは、脳の無駄なリソース消費を抑えることにつながります。

6. 必携品・ギアの習熟:ストレスをゼロにする

100マイルは装備品が多岐にわたります。そのため、必携品やギアは日頃から使っておき、いざ使う時にストレスなく利用できるようにしておきましょう。

疲労困憊の状態では、判断力が著しく低下します。「ライトの電池はどこだっけ?」「レインウェアがなかなか取り出せない」といった小さなストレスの積み重ねが、精神的なダメージとなり、リタイアへの引き金になります。

目を閉じていても利用できるくらいまで使い込んでください。ギアを「自分の身体の一部」にすることが完走への条件です。


7. メンタルの細分化と制御:脳を騙し、心をマネジメントする技術

100マイルレースにおいて、身体の疲労がピークに達する後半戦は、もはや筋肉ではなく「脳」との戦いになります。脳は防衛本能として、身体が壊れる前に「疲労」という信号を送り、あなたを止めようとします。完走するためには、この脳のブレーキをいかに解除し、心をマネジメントするかという「技術」が必要です。

① 目標のセグメント化(マイクロ・ゴール設定)

「あと80km」という数字は、疲弊した精神にはあまりにも巨大で、絶望を招きます。

意識の焦点を「完走」という遠いゴールから、目に見える「数キロ先」へと強制的に移します。「次のエイドまで」「あの角を曲がるまで」「あの大きな木を過ぎるまで」と、目標を極限まで細分化します。

小さなゴールを達成するたびに、脳内では「達成感」によるドーパミンが分泌されます。これが天然の鎮痛剤となり、中枢性疲労(脳が感じる疲れ)を一時的に麻痺させてくれます。

② セルフ・トークの書き換え

苦しい時、心の中では「なぜこんなことをしているのか」「もう歩きたい」というネガティブな言葉がリフレインします。これを「実況中継」に変えるのがプロの技術です。

「今、脚が重い。これは乳酸が溜まっている証拠だ。でも心拍は安定している。一歩出せば一歩進んでいる。大丈夫、動けているぞ」と、客観的な事実をポジティブな言葉で実況します。

「自分はダメだ」ではなく「〇〇(自分の名前)は今、よく耐えている。ここを乗り越えれば楽になるぞ」と三人称で語りかけることで、苦しみから一歩引いた視点(メタ認知)を持つことができ、パニックを抑えられます。

私は、よくこの悪い癖が出ます。いつも「あー、だめだ」「痛い」「もう無理」という感じでリタイアすることが多いです。
でも、一歩引いてみてみると、心が安定してもう少し頑張ってみようと思えたことがあります。

③ 感情のフラット化(マインドフルネス)

100マイルでは、天候の悪化やライトの故障、胃腸トラブルなど、予期せぬトラブルが必ず起きます。

「起きたこと」と「感情」を切り離しましょう。トラブルが起きた際、「最悪だ、もう終わりだ」と感情を乗せるのではなく、「ライトが消えた。予備を出そう」「雨が降ってきた。ウェアを着よう」と、淡々とタスクとして処理します。

「今、ここ」に集中しましょう。過ぎ去ったミスや、まだ見ぬ先の困難を考えず、今この一歩、今の呼吸だけに意識を向けます。山道に咲く花や、夜空の美しさに一瞬だけ意識を飛ばす余裕を持つことが、精神的な糸をプツンと切らさないためのコツです。

④ 「なぜ走るのか」という問いへの予習

レース中、深夜の深い孤独の中で必ず「なぜ自分はこんな苦しい思いをしてまで走っているのか?」という問いが襲ってきます。

そのために、アンカー(碇)の用意しておきましょう。答えは「強くなりたいから」「景色が見たいから」「応援してくれる人に顔向けしたいから」何でも構いません。しかし、これはレース中に考えることではなく、練習段階で確立しておくべきものです。

また、辞める理由を封じることも重要です。体が動く限り、辞める理由は存在しません。「怪我以外では絶対に辞めない」という強い契約を自分自身と結んでおくことが、リタイアの誘惑を断ち切る唯一の手段です。

⑤ 応援をエネルギーに変換する「外発的動機付け」

100マイルは一人の戦いですが、独りではありません。

サポーターやエイドスタッフの方もいます。エイドステーションでスタッフから受ける「お疲れ様!」「ナイスラン!」という言葉を、単なる挨拶ではなく、物理的なエネルギー(燃料)として受け取ってください。感謝の言葉を口に出す(「ありがとうございます!」と言う)だけで、脳内のストレスホルモンが減少し、身体が軽くなることが科学的にも示唆されています。

⑥ 絶望の波を受け入れる

100マイルには必ず「絶望の波」が何度かやってきます。

でも、いつかはその絶望は終わります。「今は最低の気分だが、30分後には笑っているかもしれない」と知っておくことです。

内臓トラブルも、睡魔も、脚の痛みも、一定のサイクルで変化します。最悪の瞬間が永遠に続くわけではないと理解していれば、波が過ぎ去るまで「ただ耐えて待つ」という選択ができます。

⑦ゼッケンの裏に奮い立たせる言葉を書いておこう

上記のような内容は走っている時には苦しくてどうしても忘れてしまうことがあります。

そんなときのために、私はゼッケンの裏にいくつか言葉を書いています。例えば以下のような言葉です。

  • ここで辞めたら一生後悔する
  • 景色を見ろ。この苦しみを楽しみに来たんだろ?
  • みんな痛い。みんな辛い

それを見るたび、まだまだやってみよう、と思えるのです。


8. テーパリング:最大の武器は「回復」

レース3週間前からは、練習量を落とす「テーパリング(調整)」に入ります。

100マイルは、当日どれだけ「フレッシュな状態」でスタートラインに立てるかの勝負です。これまでのトレーニングで蓄積した疲労を抜き、筋繊維を修復し、体内のグリコーゲン貯蔵量を最大化させる期間です。

練習量を落とすと不安になりますが、その不安こそが順調に調整が進んでいる証拠です。大丈夫。しっかりとテーパリングしていきましょう。


最後に:100マイルは「準備」が8割

100マイル完走は、決して魔法のような才能が必要なわけではありません。適切な距離を踏み、標高を稼ぎ、筋力を補い、そして何よりも「自分の体をマネジメントする戦略」を練り上げた者が、あの歓喜のゴールテープを切ることができます。

数字を追うだけの練習はやめましょう。累積標高の数字が増えていくのを、完走への貯金だと思って楽しんでください。山にいる一分一秒が、あなたを本物の100マイルランナーへと変えていきます。

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